医師臨床研修制度のあり方について(京都府医師会長 森洋一)

医師臨床研修制度のあり方について
京都府医師会 会長 森 洋一
2004年4月より新医師臨床研修制度が創設され5年が経過した。本制度の創設が地域における医師不足、診療科間の医師の偏在を顕在化させたとして、昨年9月8日に厚労省に「臨床研修制度のあり方等に関する検討会」が設置され検討が行われてきた。6回の委員会で検討され、本年2月18日に意見がとりまとめられ、2月26日および3月2日に医道審議会医師分科会医師臨床研修部会で見直し案を提示、パブリックコメントの募集が始まっている。詳細については、見直し案を参照いただきたいが、現在までの議論を見ていると、本制度が医師不足に大きな影響を与えたため、早急な見直しによって医師不足、診療科間の偏在を解消できるとしているが果たしてそうであろうか。
昭和21年に実地修練制度(インターン制度)が制定され、昭和23年に医師法が制定されて、医師国家試験受験資格として、卒業後1年以上の診療および講習に関する実地修練を義務化された。その後、臨床研修が詠われてはいたが、研修制度の内容が検討されたわけでもなく、体のよい、無給の労働力として使われてきたのが実体で、結果として、大学病院の診療を支えてきたことはご承知の通りである。インターン制度の問題点が、当時の医学部闘争から大学紛争へと進展し、昭和43年インターン制度が廃止され、医師免許取得後の2年以上の臨床研修に努める(努力義務)登録医制度となったが、その後も研修制度のあり方については、十分な検討がなされないまま今日に至っている。そして、研修医が医師として十分な処遇をされないままに安価な即戦力として大学や関連病院の、さらには地方の病院の診療を支えてきたために、医師の絶対数の不足が表面化されずに今日まできていた。
他方、医療の高度先進化はめざましく、医学・医療の専門分化が著しいものとなり、疾病を診るが人を診ないと揶揄されるにいたった。また、専門科がより細分化され、若い医師の臨床診療能力の低下が問題となってきた。そのために、平成6年頃から研修制度の見直しが議論され、平成16年に突然に臨床研修制度の見直しが行われた。厚労省の真意は定かではないが、結果として顕在化した医師不足、診療科間の医師の偏在を是正するための制度の見直しが議論されている。以下に、現在の見直し論の問題点をあげて検討したい。
1)良医を育てるための研修制度設計と医師不足対策は別の観点で検討すべき
新医師臨床研修制度の基本理念は「プライマリケアの基本的な診療能力を身につけ、患者や家族にも配慮した総合的医療が実践できる人格の涵養を目的とする」とされた。「良医を育てる」という目標設定は、誰の目にも了解できるものである。しかし、新医師臨床研修制度が医師不足を招いたとし、医師不足対策として研修を1年にして早く実践の場に若い医師を送り出すべきという声や、自民党の議員連盟「医師臨床研修制度を考える会」が取りまとめた提言が自民党の医療委員会で取り上げられたこともあり、研修制度の見直しが進められようとしている。しかし、これは、本末転倒の議論である。そもそも、医師臨床研修制度の内容の充実と地域における医師不足、診療科間の偏在とは別の問題であり、全く異なる観点からの検討が必要である。初期的な幅広い臨床経験を積み、良医を育てることが臨床研修制度の基本理念であるのならば、選択科目を減らし、1年に初期研修を短縮し、2年目に専門性をという考えは、基本理念を否定するものである。
2)よりよい医師を育てるとするならば、5年間の実績の検証をまずおこなうべきである
この5年間の医学部や市中病院のマッチ数の推移をみると、地方の大学で苦戦を強いられている傾向はあるものの、5年間の間にマッチ数を上昇させている大学もみられている。厳しい状況におかれることで、よりよい研修プログラムを提供して研修医を確保する努力がなされているようにも思われる。現在のシステムでは、医学生は広く情報収集することにより自分の希望にあった研修施設が選択可能となり、多様な選択肢が準備されている。一部で実施されたアンケート調査では、おおむね満足のいく制度となったように思われているが、新制度以前の研修内容と異なるために比較検証が妥当でないという意見があるようだ。しかし、制度が変われば検証できないというものではないはずである。「勝ち組」の研修病院だけが生き残るシステムではなく、現行制度の不十分なところを修正していくという手法も必要である。5年間の実績を検証しようとせずに「定員の総枠設定」「適正配置」を強行しようとする真意はどこにあるのか、危険なものを感じざるを得ない。
また、大学がよき臨床医の育成にふさわしい研修の場かどうかの議論も必要である。大学における30年以上にわたる研修医育成の取り組みが十分に評価に値するものであったとすれば、5年前の制度見直しが必要ではなかったのではないか。厚労省のアンケートでは、研修期間を短縮すべきが大学では70.3%、研修病院では、現状でよいが60.3%であった。今回の見直しは明らかに大学側からの要望に基づいていると考えられるが、現状でも、過重労働で大変な医学部において、現状の教官だけで、定員枠が増えた学生を教育し、研修医に十分な研修を実施させることが可能なのであろうか。以前のような労働力としての研修医に逆戻りさせるようでは、大きな問題であろう。
3)見直し案では、診療科間の偏在の解消にはならない
診療科間の医師偏在の要因は多数あるが、過重労働や訴訟リスクなど厳しい就業環境が大きな要因であることは間違いない。そのために、比較的負担の少ない診療科に医師が集まる傾向が見られるようであるが、そのような診療科の研修枠を検討することが必要ではないかと考える。また、04年度の研修制度では、研修が先にありきで、2年後に専攻科を選択することとなっていたが、本来は専攻科を先に決めておいて、そのために必要な知識や技術と一般的な広い範囲で身につけるべき知識・技術とをうまく組み合わせた研修システムが考えられるべきではなかったか。いずれにしても、地域の実情に併せた診療科の医師数を積み上げ、さらに将来推計も加えた需給見通しの上で診療科枠を算出し、その上で研修医の応募を行うべきと考える。我が国の医療制度の根幹であるフリーアクセス、診療科の自由標榜制、開業の自由の制限につながりかねない「定員の総枠設定」には毅然とした対応が必要である。研修医の総枠設定から、自由開業制の制限、最終的には保険医の定員設定につながりかねない「総枠設定」には、地域医療を守る医師会が、適切に対応する責務がある。
4)研修医・指導医の声に耳を傾けるべき
新臨床研修制度の見直し議論の中で、当事者である研修医・指導医の声が聞こえてこない。かつての大学医局への入局による研修制度でないために、研修医の声が制度設計に反映されていない可能性が強い。また、研修医同士の横のつながりも、多数の研修施設に分散しているためにまとまったものになりにくい。しかし、現在の研修制度の中で臨床経験を積み、一人前の医師に成長していく研修医自身の生の声とそれを支えた指導医の熱意を反映できるシステム作りが今後も必要なのではないだろうか。
5)医学部の医学教育と臨床研修制度、専門医制度へつながる制度設計が必要
現在も、懸命な努力により、医学部教育、研修医教育に取り組んでおられることは承知している。また、一貫した教育システムの構築を行う取り組みも始まっている。しかし、現状は、一定の研修目標は設定されているが、学部の教育と研修システムが十分連携をとり、研修後の流れも整備されているかというとまだ十分とはいえない。2年間の研修の後、専門科の研修に3年程度の研修コースを設定し、後期研修がなされているが、今後も市中病院で後期研修を継続することがよいのか、それとも、2年間の初期研修後に一度全て大学に戻って専門科の研修を行う方がよいのか、より専門性を求めるならば大学やセンター化された病院での研修も必要となるであろう。また、一方で、基礎分野での、医師不足は顕著なものがある。基礎分野の処遇の改善と優秀な人材の確保が可能となるような教育システムが一体となって検討されなければ、大学が機能不全に陥る危険性は大である。
6)医師不足、診療科間の偏在への対応
現状でも、初期研修後、他府県への移動は相当数みられている。今後、後期研修を終えた医師の移動も県境を越えて、より活発になるものと考えられる。その場合に、現在の研修医の受入数を基準とした都道府県単位の研修医の定員枠を設定することで医師不足の対策となるのか大いに疑問である。また、都道府県枠が設定されることで研修内容が不十分なまま放置されるならば、学生から声が挙がっているように、医師の質が担保されない可能性も考えられる。さらには、そのような一方的なシステムで研修医を縛ることで、研修医のモチベーションの低下、医学部への進学者が減少し、数年後のさらなる医師不足を来す可能性も否定できないと思われる。研修後の医師の移動についても十分に検証すべきである。
7)女子学生の研修についての特段の配慮が必要である
 現在、国公立の医学部では女子学生が半数を占める勢いである。いずれ、日本の医療を支える医師の半数近くが女性医師になる日も遠くない。そのような状況下で、単純に研修医枠を設けることだけで医師不足対策とはなりえない。
以上、現在の研修制度見直し議論の問題点をあげた。研修制度を見直すとすれば、現行の研修制度についての適切な評価と、地域における疾病構造や、社会状況、現在の医療提供体制の問題点を十分に考慮するとともに、個々の医師の診療能力のさらなる向上と専門性を生かすために必要なシステムを検討した上で、現在の臨床研修制度に問題点があれば是正するようにすべきであり、医師不足対策としての研修期間の拙速な見直しは日本の医療の将来を危うくしかねないと考える。

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