見解・主張

「目覚めるときは今!!」【京都府医師会長:森 洋一】

目覚めるときは今!!
京都府医師会長 森 洋一

 7月に、安倍政権最大の目標である集団的自衛権の解釈の変更が閣議決定された。まさに、我が国がこれから大きく変わるターニングポイントとなる決定である。会員各位には、この決定についてそれぞれご意見をお持ちであり、賛否種々あろうと思うが、ここでは、防衛、外交問題について述べることはしない。課題は、強大な政権基盤を持つ政府が誕生したときの、今後の政治、社会のあり方である。従来より、我が国は、社会風土上か国民性かは、これも議論があるであろうが、客観的な評価と批判、議論が出来ない国民であるという現実である。近年、その傾向が著しいように思われ、我が国の将来に暗雲が垂れ込めているように思われてならない。
 国会での議論も然りである。意見を正面から取り上げようとしない。与党側は、官僚の準備した、回りくどく揚げ足をとられない不明瞭な説明に終始するだけである。野党も、かつては、かなり資料を収集し、検討を重ねた鋭い質問があったが、最近はパネルばかりが目立ち、追求ポイントが甘い。あげくに、最近は、品性のない女性蔑視のヤジばかりが取り上げられて、議会がそもそも何のためにあるのかが忘れ去られている。現在のような、内閣主導で政権与党の意見さえ十分反映できない状況では、与党からわかりやすい説明を求める質問があっても良いように思うが、与党からは、内閣に阿るような質問ばかりで、時間の浪費ではないかと思われることもしばしば見られる。そもそも、与党内から批判をしない、させないということ自体が強権的であり、民主主義の根幹から外れているといわざるを得ない。今回のヤジ騒動を見ていても、誰が言ったかはその場にいれば誰でも分かることであり、党として自浄作用を発揮すべきは政治家としての務めであるはずだが、人身御供を差し出して幕引きをはかるなど、とても、普段から、選挙民や子ども達にいじめはいけない、嘘をついてはいけない、人の痛みを知らなければなどといいながら選挙戦を戦ってきた政治家とはいえないのではないだろうか。
 我が国の将来の課題として、確かに外交や防衛、経済は大変大きな問題である。しかしながら、現在、最優先されるべきは、少子化対策である。何のために、経済を発展させ、外交を防衛を強化するというのか。我が国を、日本という国を守っていくためであろう。その国が、現状の少子化が進めば人口減少から社会全体が壊滅状態に陥るのである。そうならないように、社会保障を充実させるためには経済発展が必要と国の中枢を握る経済学者はいう。しかしながら、世界全体が発展している現状、日本だけが、欧米だけが更に利潤を追求して一人勝ちは出来ない世界に入ってきているのは自明である。経済対策、高齢者対策は見えやすく、短期間でも結果が出やすいものである。一方で、少子化対策は短期間では成果が見えにくいものであり、中長期的な施策を連続的に実施していかなければならないのものである。フランスの出生率の改善には、100年という歳月がかかっている。少子化対策には、与党も野党もない、全国民が、全政治家が心を一つにして取り組まなければならないものである。そこには市場原理主義の経済学者のつけいる余地を与えてはならない。何故か、それは、彼等が我が国の国民と文化をより長く発展させようという意志、前提を持たず、全ては経済効率が高いこと=稼ぐ力の獲得が善であり、そのために何をなすべきかという議論しかないからである。人を愛し、他者を思いやり、絆を持って社会を築き上げる。そこには、人としての権利と義務が老若男女を問わず平等に確保されているそんな社会の構築が求められるべきものである。全ての政治家に、国民にその気持ちさえあれば、あのような発言が出るはずもなく、何でも儲けに結びつけるような施策を取り入れることもないであろう。医療を始めとする社会保障は、空気や水のように常にそこにあるものではない。国民全ての合意のもとに守っていかなければならないものである。消費税増税の財源だけでは、皆保険制度を守ることは大変困難である。そろそろ、人任せは止めて目覚めるときにいたっているのではないか。国民の、医療者の意識改革が求められている。

「本年の展望」【京都府医師会長:森 洋一】

本年の展望
京都府医師会長 森 洋一

 本年4月1日より15年ぶりの消費税増税が実施されました。福田政権下で設置された「社会保障国民会議」で議論され、民主党政権下でも継続的に議論された上で「社会保障制度改革国民会議」にて、伸び続ける社会保障費の財源に消費税を充てるとともに、自助を主に、共助を従として公助は最後の補完としての位置づけをされ、安倍政権で社会保障に資するとして消費税増税が実施されるに至りました。安倍政権では、経済政策、中でもデフレ脱却、景気対策を喫緊の課題として3本の矢として強引に経済政策を展開している事はご承知の通りであります。しかしながら、3本目の矢としての成長戦略が予定通りに実施できるのか、消費税増税を上回る成長を実現して経済全体を緩やかに成長軌道に乗せる事が出来るのかどうかが大きな課題であります。
 見通しはどうでしょうか、私は相当厳しいと考えています。成長戦略を軌道に乗せるために、消費税増税が景気を頓挫させないためにとして、企業へ減税や自動車関連の減税を企図するなど庶民から薄く広く増税を実施し、大企業の経営の後押しを基本政策として推し進める事は、果たして消費税増税の本来の目的に適うのかどうか、はなはだ疑問であります。また、医療を成長戦略の重要課題に据えた事に対しても大きな疑問を抱きます。そもそも、医療はかつてからいわれてきたように、国民の健康と生命を守るための基本的な制度であるべきであり、社会的共通資本といわれているように、国が安全で安心な生活を国民に提供するためのものでなくてはなりません。医学・医療の発達とともに進んでいく、結果として経済成長を推進していく事はあっても経済発展の起爆剤と位置づける事は国民の生命を守るのではなく、国民の健康と生命を経済活動の踏み台、資源としてとらえる事であり、安全と公平な医療提供体制の崩壊に繫がるものとなることは明白です。近畿地方では、国家戦略特区として関西で、京都、大阪、神戸を核として医療を成長戦略の核として取り組もうとしています。府医としては、経済最優先の特区内において、混合診療の全面解禁や株式会社の参入により、医療のみならず、医学の先端研究においても、医の倫理を外れるような経済最優先の取り組みには積極的に反対の声を上げて行かざるを得ません。そのためには、地元の首長を始め議員の皆さんに医療というものを理解して貰う事が必須となります。地区医師会の先生方の働きかけも必要となりますのでよろしくお願い申し上げます。
 一方で、現在、医療事故調査制度創設や病床機能の再編想を盛り込んだ関連法案が一括法案として国会に上程され、6月までには審議・可決される予定であります。これだけ広範囲の医療関連法案を十分な議論もなく一括法案とする安倍政権には、呆れ、怒りを感じてしまいます。この政権に国民の明日を任せられるのか甚だ疑問であります。
 この第6次医療法改正は、我が国の医療を大きく変化させる大改革に繫がる事は必至であります。基本的には、医療機関の機能分化・強化と連携、在宅医療の充実と医療介護との連携強化を軸としたもので、その詳細と将来的な展望については逐一機会あるごとにご報告をいたしますが、日医の動き、対応は緩慢であり危機感が欠如していると言わざるを得ません。際限なく増加してきた7:1看護病床や地域医療支援病院の再編を目指して、その算定基準を引き上げ、病床のあり方が大きく変更されようとしております。病床機能の再構築を諮るために、病床機能を病院自らが決定し都道府県に届け出する事が義務づけられます。「病床機能報告制度」と呼ばれるものですが、状況によっては7:1入院基本料を算定している病床が9万床減少すると言われております。さらに、平均在院日数を引き下げるという事で患者さんの移動がどうなるか予測がつかないというのが現状であります。病院の機能の再編は、病院の経営に直結するものとなります。病院団体との協議を踏まえ、地域に必要な病院、病床機能を確保できるようなシステムにしていかなければなりません。 
 さらに、「地域医療ビジョン計画」は、従来の地域医療計画に各都道府県で、将来の人口、疾病数推計をもとにした二次医療圏毎の医療提供体制の再構築を求めるものであり、地方分権と言えば聞こえは良いのですが、地方の自治体の力量、都道府県医師会の力量によっては大きな負担となるだけではなく、推計によっては、医師、看護師等の流動性が大となり、結果として地域医療の崩壊に繫がりかねない重大な変革となります。このことは、地域にとって大変大きな改革となります。府との対応は府医が中心となり検討、提言を進めてまいりますが、地域の実情を地区医師会でも把握していただいた上で、各自治体との協議を進めていただき地域に適切な地域医療が提供できるような体制を、医療関連団体とも連携をしていかなければならないと考えます。
 既に、成立しております医療安全関連二法とともに、今回制定されます医療事故調査制度は、かつて、自民党政権下でも医療安全大綱として成立寸前までいっていたものが漸く前進する事になります。その内容は、かねてより府医の医療安全委員会で検討、答申をいただいてきたものとほぼ同様の内容となっており、我々の活動が一定の評価を得たものと思っておりますが、その具体的な方策が今後検討されガイドラインが出されてくるものと考えております。医療事故室の運営を拡大強化する事で対応可能と考えておりますが、専門的な知識や先進的な知識も求められ、専門医会、大学の協力などを求めながら進めて参ります。
消費税増税を契機に、社会も医療界も大きな転機に入ります。府医の活動の強化が求められますので会員諸兄のさらなるご指導ご鞭撻を賜りますようお願い申し上げます。

「今、意識改革の時」【京都府医師会長:森 洋一】

今、意識改革の時
京都府医師会長 森 洋一

 今夏の参議院選挙は、自公政権圧勝、日医の現職羽生田副会長の当選で、熱い選挙戦が終了いたしました。ただ、野党の自滅とはいえ、政権与党に相対する健全な野党が消滅寸前という政治状況が我が国の将来に暗い陰を投影してくるのではないかという危惧が杞憂で終わる事を祈るばかりです。昨年の衆議院選挙の圧勝で政権を奪取した自民党安倍首相は、デフレ脱却をスローガンに経済対策を打ち出し、長年低迷していた我が国の社会、経済の暗い雰囲気を大きく転換させた事は大いに評価すべきでしょう。確かに、インフレターゲットを設定し、財政出動を強化した金融政策は一定の成果を上げてはおりますが、順調に経済が回復し、国民にその恩恵が及ぶにはまだまだ時間が必要です。また、経済が回復基調にある事で来年4月からの消費税増税への条件は整っていますが、漸くよたよたと経済が回復してきた時点での消費税増税は、景気回復の腰を折ってしまう事で再び経済の停滞を招く恐れもあります。まだまだ、一寸先は闇の状態が続くものと思わざるを得ません。
 また、8月には、社会保障制度改革国民会議の答申が大詰めを迎えております。3年半前に「政権交代」をスローガンに、民主党がまさに政権交代を実現いたしました。残念ながら、「聖域なき改革」が自己目的化して格差社会を拡大した小泉政権と同様に、政権交代が自己目的化して3年4ヶ月で終焉を迎えた民主党政権。当初は、一時期を除き長らく我が国を統治してきた自民党一党による55年体制とそれに続く自公政権による、政官財一体となる馴れ合いの政治体制を大きく変えてくれるのではという大きな期待を抱かせました。しかしながら、長らく続いた55年体制は、政策議論を展開して我が国をどのような国にしていくのかという国のあるべき姿を提示できる政治家、政党を育ててこなかった、否、国民が育てようとしてこなかったことが明白なりました。小選挙区が政治家を小粒にした、政策議論を出来なくしてきたという声もありますが、見返りを求めたり、柵で国会議員を選出することが多く、日本という国の将来をどうするのか、世界のリーダーと渡り合える外交能力を持った政治家、国家観、世界観を持ち国民に提示できる政治家を育ててこなかった国民に、今大きな付けが巡ってきたと言わざるを得ません。
 膨張一途の財政赤字、経済の低迷から社会保障費が支えきれなくなってきています。国民の生活も一向に改善してこない、いや悪化してきているという現実に漸く国民は気づいてきており、一定程度の負担増はやむなしという思いに至ってきていますが、政治家、官僚には、まだ口で言うほど自ら血を流してまで、国民の生活を改善し、豊かな生活、安心な社会保障を提供しようという思いに至らず、国民の現実の生活感と政治家との距離は果てしなく遠いといえましょう。自分たちを選出してくれた選挙民に利益を還元する事で次回の選挙に生存をかける事に終始する政治家が我が国の将来に希望を与えてくれることはありません。官僚も然り、省益を損なう民主党政権には徹底抗戦、政策の隅々に省益を鏤め権力維持には抜かり無きよう策を弄してきたが、従来の権力構造を維持する自公政権に蜜月状態には逆戻りし始めています。財政規律、財政健全化を訴えてはいますが、現場を知らない官僚にどこまで国民の悲痛な叫びが届くのか、痒いところに手が届くようなきめ細やかな施策が求められています。
 では、どうするのか、何か素晴らしい方策はあるのか?数年で経済が、社会が劇的に良くなる術はないと言わざるを得ませんが、このままでは、将来世代に重い付けだけを残してしまう事になります。今、なすべきことは、国民一人一人が自立し、我が国の将来に思いをはせて、自らの声で発信していくという社会の原点に回帰するしか方策はありません。SNS上での匿名で無責任な発言をして、溜飲を下げ自己満足に陥るのではなく、実名で堂々と議論を展開する。自らの地位を利用して相手方を罵るような政治ではなく、人の意見に耳を傾け、誰でもが発言できる社会に成長しなければ我が国に明日はありません。
 その手助けが出来るのは、我々医療者しかないのではないでしょうか。国民の健康と生命を守るという大きな使命を担い、社会に大きな影響力を持つ医療者が、国民の目線にたち、医療者の責務として、故来からの言葉にもあるように、国民の病を治すとともに、国民の生活基盤である、社会、国家を癒す責務があると思います。国民の健康長寿、健全な精神を守る事が国を守り育てる第一歩ですが、日本が、国民が、少子高齢化した我が国のみならず、世界がいずれは通らなければならない成熟社会の行き着く先のあり方を世界に示す事の出来る国作りを目指していかなければならないと思います。
まさに医療のあり方が、医師の医政における活動のあり方が、国家の健全な発育の原点であると思います。全ての会員が、医療の、医師会活動の原点に立ち戻って、医師会活動、医療政策作りに全力をあげられる、そのような医師会活動に再構築していくべきだと考えます。

専門医制度と総合医問題について【京都府医師会長:森 洋一】

専門医制度と総合医問題について
京都府医師会長 森 洋一

 総合医、総合診療という呼称が使用されるようになって久しい。また、現在、厚生労働省の「専門医の在り方に関する検討会」で着々と「総合医」資格創設に向けて議論が進められている。日本専門医制評価・認定機構では、①総合的な診療能力を持つ専門医の医師像②研修プログラム③名称と他の専門医制度との関係が議論されたとされている。また、第三者機構による新たな専門医制度の議論が最終段階に入っており、日医もはいって研修プログラムを検討するとしている。都道府県医師会では、問題ありとの声が出されているが、日医は、明瞭に反対の立場ではないと思われる。果たしてこのまま厚労省の方針に流されていて良いのか大いに疑問が残る状況である。府医では、以前より、専門医制度における総合医という資格・呼称には明瞭に反対してきたが、学会、専門医会ともに異論ありとの声が聞こえないようであり、今一度、府医の立場を明瞭にしておきたい。
 そもそも、「総合医」という言葉が使用され始めた詳細な経緯は、いろいろあるが、大まかには3つの流れがある。
 一点目は、大学病院、大病院を中心に診療が専門分化し、受診した患者が何科を受診すればよいのかわからないというようなことから(かかりつけ医が、診療に基づき専門医を紹介しておればこのようなことはないはずであり、紹介なしに受診される患者がいることが問題)病院の外来を振り分けるという意味で大学病院を中心に総合診療科なるものが設置されるようになった。現在は、殆ど機能していない病院と、新臨床研修制度の導入で、新臨床研修制度に関連して取組みを行っている病院に分かれる。
 二点目は、髙久日本医学会会長が、大学で高度先進医療や先端医療を受けて退院され在宅療養を希望される患者の受け皿がないため、在宅医療も含めた受け皿としての総合医の必要性を提唱されたことがある。大病院で診療を受ける方の大半はかかりつけ医からの紹介であると認識しており、そうでないケースや、最近の在宅医療も高度化してきているため紹介はしたけれど逆紹介は困るという医療機関があるのかもしれないが、このような患者は、地域の医師会で受け入れ体制を整備し、主治医となっていただけるかかりつけ医を紹介することで受け皿を作っていける。
 三点目は、いわゆる僻地、過疎地の医療を担って頑張っている医療機関等での研修を受け、地域医療を担っていきたいと考える若い先生方、プライマリケア医や家庭医を名称として地域医療を進めていこうという人たちの集まりである日本プライマリケア学会や日本家庭医療学会、日本総合診療医学会が一緒になり日本 プライマリケア連合学会となったが、そのような医師が総合医なるものの認定制度をもとめている。しかしながら、果たして目指しているものが一緒なのかどうかはなはだ疑問であり、三学会の連合の契機も日本医学会に組み入れ、総合診療という名の専門医制度の導入を企図して日医が主導したものであり、問題があるのではないかと考える。
 日本の「かかりつけ医」は、専門分野で修練を積んだ専門医の医師が、開業し地域医療に取り組んできた。診療所の医師として専門分野の知識と技術を最大限に発揮しながら、地域医療に必要な広い分野の医療、医学の知識を獲得して、かかりつけ医として地域医療の発展に尽力してきた。大病院に行かずとも、診療所の医師が専門分野の技術をお互いに活かした連携をとり、心疾患は循環器科の医師、消化器疾患は消化器科の医師へとお互いの専門性を活かして地域で医療を完結できる部分は地域で、さらに高度な医療は大病院で、と日本の地域医療を支えてきた。かかりつけ医の機能が不足しているというのであれば、どの部分を強化すべきなのか、何を補填すべきなのかの議論をすべきである。かかりつけ医の質の担保と向上は、総合医の称号とは無関係にはかり続けなければならない課題である。
 また、新臨床研修制度の発足においては診療能力の高い医師を涵養するとしてきた。もし、現在のかかりつけ医の診療能力が低いとするならば、どの部分がどのように低いので強化されるべきという議論が必要である。
 「専門医」制度の日常診療上の問題点が、自分の専門外の疾患の診断・治療を依頼しようとした際に、紹介先の医師の質が判断しにくいという事が問題であるとするならば、専門医ないしは認定制度を創設した各学会が透明性を持って、認定・更新の質の確保に努め、その状況を公表し、評価を受けること以外に信頼を獲得することは困難だといわざるをえない。すべての学会が新しい認定システムとしての「第三者機関」を設置する事に賛成しているから、質が担保できる、信頼が得られるというのは本末転倒であり、第三者機関で新たな専門医制度を発足するというのであれば、専門医制度に屋上屋を重ねるというよりは、従来の自らが創りあげた専門医制度の質に問題があったと自己否定する事と同義ではないだろうか。自らの創設した専門医制度を否定し、新たな専門医制度を創設するには、何故に新しい専門医認定が必要なのかを説明する責任があるといわざるを得ない。
 また、学会任せでは信用できないとの批判が出ているとすれば、現在の専門医制度の質に責任を負うべきは「日本医学会」ではないだろうか。まして、専門医の質をさらに高め、専門医の中でもエキスパートを認定していこうとするのであれば、各学会で現状の制度の問題点と改善すべき課題を検討し、サブスペシャリティーとの兼ね合いをどうするのかを議論した上で取り組みを進めていくべきと考える。
 また、今回の第三者機関における専門医の認定制度には、指導医と称して専門医の数を制限しようという意図が強いと思われる。このことは、今後、専門医の資格が大病院の診療報酬に反映される前提であるように思われ、十分な注意が必要と考える。また、一方で、このような議論を始める前提として基本領域に「総合診療医」をおくということは、論理的に大きな矛盾がある上に、何らかの意図があると認識すべきだと思う。ここに、以前から指摘してきた、大病院からの逆紹介先の医師の確保や大学などにおかれた患者振り分け機能としての総合診療部、老人の診療を心身を含めて総合的に診療するなどというもっともらしい理由をつけてでも創設したいという厚労省と医学会が一体となった動きに注意すべきと考える。
 また、医師不足に悩まされている地方では、若い先生方が総合医として赴任してほしいという要望が強いようであるが、基本的に、医師不足解消の方策としての総合医の資格創設を検討するのであれば、地方と都会の分断、医療提供体制の地方と大都市の分断施策に繫がるものではなく、基本的な医療提供体制についての議論に基づいて検討されるべきと考える。100の自治体には、100の地域医療があるというのが私どもの見解である。地域のニーズに合わせた、また、周辺地域との連携による適切な専門医療、かかりつけ医による地域医療の提供体制の構築こそがすべてで、医師の資格創設で固塗するような政策であってはならないし、これからの地域医療における診療報酬の差別化に繋げようとする厚労省の意図は明確で、日医は反対の姿勢を明瞭にすべきと考える。

安倍政権再登板で何が変わるのか 民主党政権の残したものは?【京都府医師会長:森 洋一】

安倍政権再登板で何が変わるのか
民主党政権の残したものは?

                

 京都府医師会長 森 洋一

 12年12月16日、民主党は衆議院選挙で大敗を喫し、3年3ヶ月余で、政権の座を自民党に明け渡した。2009年8月、「コンクリートから人へ」「政権交代」を掲げて政権をえた民主党は、野党第一党とはいえ、57まで議席数を減らす大惨敗であった。機会あるごとに申し上げてきたが、この三年間の政権運営を見ていて、これ程国民の期待を裏切った政党はないであろう。政権担当能力に大いに不安があると申し上げてきたが、正直ここまでとは思い至らなかった不明はお詫びしなければならない。結果を見てものを言うことは容易いことであるし、多くの識者と言われる人達が一斉に批判をしている姿を模範として発言すべきであるが、今後のことも踏まえて、若干の意見を述べておきたい。
 鳩山総理、菅総理については、論評に値もしないといわざるをえないが、そのあとを受けた野田代表が、小沢氏との争いをもう終わりにしましょうと言いながら、消費税増税に走り、TPP参加に走った経緯は、政党の代表者としてそのプロセスは妥当であったのか、議論は尽くされたのかという点で疑問が残る。民主党政権全体において、熟議、透明性という言葉は踊るが、国民に議論は全く見えなかった。一方的なシナリオによる事業仕分け、個々人のパフォーマンスが議論を紆余曲折させて、結果として突然の結論だけが一人歩きした3年間の足跡をたどると見えてくるのは、以下の3点による政治への失望ではないだろうか。
 まず、「政権交代」をして、どういう国を作りたいのかというものが、最後まで提示できなかったことである。政党の綱領がないからと言われるが、加えて、政権交代を果たすために小沢氏と組んだことが結果として国のあるべき姿を示すことができないという結果を招いた。目的がなく、手段、方策だけがあったといわざるをえない。
 2点目は、議員個人には、良い人、魅力的な人もいるが、社会経験が乏しく、政治という清濁併せ呑む胆力の持ち主がいなかったことが結果としてまとまりのない政治に終始した要因である。政策課題が出るたびに、離党者がボロボロと出現する求心力のない政党では国民の負託に応えることはできない。
 3点目は、2点目とも共通するが、組織を指導、統率する能力に長けた人材いなかったという組織としての致命的な欠陥である。市民運動家として、弁護士として弁の立つ人材はいたが、心のこもっていない演説が多かった。
問題は、以上のような、政治家として、政党としての欠陥を最後まで自覚できずにいたこと、否、いることである。野田首相の、野田首相による、野田首相のための解散で、大惨敗を招いたのちにも、風が吹かなかったの一言で済ませては、党としての再起は望めない。何故、国民が離反したのか、脱原発を唱えたのに支持されなかったのはなぜか、政党が乱立したから、アゲインストの風だったからではなく、何故、そうなったのかを検証しなければ、二度と政権には戻れないであろう。早急に、我が国をどのような国にするべきなのかを真剣に議論し、国民に理解される目標を設定しない限り、参議院での敗戦も必至であろう。
 では、安倍政権には、これから期待できるのか。
 とりあえず、体調の方は何とかなるとの前提で議論を進めたい。再び体調不良に陥るようであれば、自民党も二度と政権を担うことができなくなるというより、日本の壊滅に陥ると考える。
 前回、安倍政権は、小泉政権を引継いで市場主義を推進すべく登場した。その基本的な考えは、右翼的といわれるように、保守的な色彩が強い。経済財政諮問会議の復活等、経済成長最優先の方針は、小泉政権の市場原理主義への回帰が予測され、伊藤元重氏の諮問会議への登用や、産業競争力会議への竹中平蔵氏の登用により、聖域なき構造改革の復活を再現することは間違いないと思われる。参議院選挙までは安全運転としており、社会保障に手をつけることはないとしている。70歳以上の前期高齢者の二割負担復活が見送りになるなど政権与党としての、選挙への配慮が滲んでおり、先送り体質の日本の政治からの脱却への取り組みはこれからと思われる。
 京大を中心としたiPS細胞などによる医療における成長分野は、難病の治療などにつながる可能性が期待されており、今後特区での開発などが進展することは間違いない。iPS細胞による新しい医療について、医師会として反対すべき内容とは考えないが、正面から受け止めて是々非々での議論を進めていく必要がある。一方で、日本経済再生本部を設置して取組む大企業中心の経済運営は、格差社会の拡大を招きかねず、社会保障切り捨てにつながる恐れは強い。現状、介護分野は、大手の営利企業を中心に展開されており、これからもその傾向は強まることが予測される。医療分野では、特区による創薬や、混合診療の導入などが危惧される。すでに、改革なくしてプラス改定なしと財政制度審議会財政制度分科会から報告書が提出されるなど、今後厳し局局面が予想されている。民主党政権により社会保障への切り込みが強化されるのは間違いない。
 日医としても、自民党政権との対応は、旧来の手法からは取組みやすいと言えるが、参議院選挙への対応を誤ると政治力の低下が決定的となり兼ねず、大きな試金石となろう。まさに、政治に左右されることなく国民の声を背景に政治に強く働きかけることが求められているといえる。新しい時代にふさわしい政治、社会体制の構築に向けての医師会活動が求められており、我々の責任は大きい。

漂流日本は何処へ 迷走する「脱原発依存」はどうなるのか

漂流日本は何処へ
迷走する「脱原発依存」はどうなるのか
京都府医師会長 森  洋 一 

 東日本大震災による福島原発の崩壊は,原発の安全神話を根底から覆すとともに,我が国の政治と官僚組織が一体となった統治機構に,永年続いた自民党政権のみならず民主党政権も,抗いこそすれ,与野党ともになすすべなく政党政治が完全に自己融解していたことを露呈した。我が国の電力業界とかつての通産省,そして政治,果ては学者までが護送船団として強力にスクラムを組みながら今日の繁栄を築いてきたことは事実ではあるものの,その裏で,利権集団として恩恵に与ってきたことも多くの国民は分かってはいたことであるが,此処まで腐りきっていたとは思いもしなかったのではないだろうか。そして,東日本大震災を目の当たりにしながら,地域住民のみならず,想定外の住民,国民にも被害を出しているという現実を直視せずに,自らが築き上げてきた強力な利益集団を守り抜こうとするその厚顔無恥な対応を誰がいさめ,改めさせることができるのかということに考えが及ぶと暗澹たる思いに震撼とするのは私だけであろうか?
 現政権は,被災後の杜撰な対応に反省することもなく,その原発の処理についても,状況報告すら行わなくなってきている。復興への対応が遅々として進まない中,霞ヶ関の中央集権的な予算査定がようやく反映され第一次補正予算の執行が始まったところである。また,放射能被害にあわれた地域の除染活動や計画避難区域の指定解除が,徐々に行われようとしているが,十分とは言い難く,故郷への帰郷は厳しい状況のようである。
 被災後の原発の稼働に対して,菅前首相は,突然に「脱原発」の方針を打ち出し,浜岡原発を稼働停止へと導いた。その後,国は「脱原発依存」を方針としているが,検討中の域から一歩も出ておらず,具体策は見えない。その後,次々と点検に入る原発を再稼働するのか,廃炉にするのはどの原発で何年かけて対応するのかという工程表は提示されていない。
 さらに,点検終了後にストレステストを課するとしてきたが,大飯原発以外の原発での対応はどうなっているのか,国民には見えない状況である。ストレステストを行い,災害への対応計画が提出されれば再稼働とするのか。基本的な方針が全国レベルで決定されていないこと,また,原子力安全委員会,原子力安全・保安院は強力な権限を持っているが,今後の安全に対しての方針や,責任を明確にしていないことも,国民の不信を招いている。
 昨夏の九州電力・玄海原発の再開への国,県,九州電力の対応を見ていると,住民の安全より原発の再稼働という意識だけが前面に出ており,本当の安全対策というものに取組もうとする意志が全く見えてこなかったが,この状況は今日まで貫かれているといわざるをえない。
 国民が求める再稼働についての原則は,「事故原因の究明」「今回の震災における対応の評価」「第三者による原子力政策の再構築」である。何よりも,今後の原子力行政を行うに当たって必要なことは,早急に原因究明を行うべきである。ところが,震災後1年以上を経過しても,政府と国会の事故調査委員会は最終報告を提出できていない。また,「脱原発依存」が謳われているが,その工程表が全く示されないままに,「脱原発依存」という言葉が一人歩きしている。一体どのような方針で,我が国の原子力行政を行っていくのか,どのような方策で国民の理解を得るのか,彷徨える政権に,我々は明日を任すことができないといわざるをえない。
 何かといえば,国民に議論をいただき,ご理解を得てというが,現在,国民や住民が納得できていない部分の大半は,技術的安全性の問題だけでなく,原子力行政全般に対する「人的安全性への不信感」「原発の安全」を電力会社と行政により都合のよいように取組んできたことへの反省が見られないことである。「技術的な安全性」を誰がチェックするのか,「規制する組織」「審査制度」そのものへの信頼が揺らいでいることである。このことが,根本的に解決,ないしは解決に向けての真摯な取組みがなされない限り,国民は「原発とその関係省庁」を全く信用しないと考えるし,対応が不十分なままの再稼働に対しては,ノーといわざるをえない。
 現状,夏期の電力不足を口実に大飯原発の再稼働を迫る電力会社と政府の対応は,「拙速に過ぎる」といわざるをえない。4月23日に京都府の山田知事と滋賀県の嘉田知事が政府に対して出された共同提言については,京都府医師会として,妥当であるものと理解し,支持をするものである。7項目の共同提言
   1)中立性の確立
   2)透明性の確保
   3)安全性の実現
   4)緊急性の証明
   5)中長期的な見通しの提示
   6)事故時の対応確立
   7)原発事故被害者救済と福井県への配慮
は,正鵠を得ており,特に,夏期の需給に関する資料は,近畿のみならず,国民を納得させるには不十分である。正確で詳細な情報を開示し,国民の理解を得られるに足る資料と検討内容を提出し,行政,社会の理解を得る努力をしない限り,電力会社への支持は得られないものと考える。また,社会の批判に対し,小出しに需給予測などを修正する姑息な対応は,国民の不信感を煽るだけであり,適切な対応が求められる。特に,夏期のピーク時の電力需要が長期にわたって継続するかのような方針のもと昼間の電力使用料金を引き上げようとしているが,昼間料金の値上げがピーク時の電力需要をどれだけ抑制するのか,また,今夏を通じて料金値上げを継続する必然性はあるのか,問題が多く容認できない方策である。需給バランスを保持しながらの電力料金の引き上げを恒久的に図ろうとする姑息な手段は断じて容認されるものではない。電力会社間の電力融通で乗り切れるという試算もでており,親方日の丸の経営を早急に改め,住民のために,電力会社の真摯な節電対策の実施により厳しい夏期の電力事情が解決されることを切望する。
 今回の計画停電等への対応の京都府への要望は,上記のような府医の見解をふまえた上で,どのような事態になろうとも,住民の健康と生命を守るという対応を医師会も実施するとともに,行政でも最大限の努力をお願いしたいということであり,電力不足回避のために原発再稼働を容認するというものではないということを重ねて強く申しておきたい。

受診時定額負担 断固阻止に向けて【京都府医師会長:森 洋一】

 7月1日に「社会保障・税一体改革成案」(以下,成案)が閣議報告されたことはご承知のとおりであります。その背景や詳細については,京都医報10 月1日号の松井理事の「理事解説」に詳しく掲載されています。成案の中で,いくつか問題のある箇所があります。消費税引き上げそのものが社会保障の充実にすべて使われるものではないということを国民にもう少しわかりやすく解説することも,我々の責務であり,この点については,後日,詳細に解説していきたいと思います。今回の成案の中での最大の問題は,「受診時定額負担制」であります。私も,地区医との懇談会をはじめ,あらゆる機会に申し上げておりますし,安達副会長も講演やインタビューで発言しておりますが,断固阻止しなければならない暴挙と言わざるをえません。
 長期療養患者の高額療養費の見直しを進めるとして,高額療養費の自己負担上限額の引き下げを図るということについて,医療関係者は反対することができないことを担保に取り,本来であれば,上限引き下げに必要な財源を保険料か公費に求めるべきですが,すでに前回,保険者側からは拒否されていることから,今回はワンコインなどと言葉を弄してはいますが,あきらかに診療側の堅持する皆保険制度の牙城を根底から崩壊させる目論みで提案していることは間違いありません。これは、平成18 年6月の健康保険法等の一部を改正する法律案附帯決議において,患者負担をこれ以上増加させないとしてきたことに抵触します。小泉内閣でさえ踏み込めなかった軽医療費免責制をその懐に忍ばせての「受診時定額負担」は徹底的に阻止しなければなりません。
 そもそも,高額療養費の上限を超えた部分は,保険料で支払われてきたものでありますが,今回は,その上限の引き下げ分を保険料でも,公費でもなく,弱者である患者に受診時100 円を負担させようという「人にやさしい政治」「コンクリートから人へ」という政治を目指す政党とも思えない政策です。患者は弱い立場にあり,特に高齢者は疾病も多く,受診機会は自ずと多くなります。このような弱者とも言える方々に受診のたびに負担を求めようということは許されるものではありません。そのうえ,高額療養費の自己負担上限額引き下げの「受診時定額負担」による財源規模は、100 円× 20 億回= 2,000 億円と,さらに長瀬効果(受診時支払いの増加による受診抑制効果)として患者負担分と同額の2,000 億円の受診抑制(医療費削減)をあわせて4,000億円とされています。この「受診時定額負担」は、明らかに軽医療費免責制そのものです。小泉政権下でも導入できなかったこの軽医療費免責制の問題点は受診抑制です。免責制を一旦導入されると,高齢者などの早期受診が阻害され,我が国の平均寿命を延ばしてきた早期受診・早期治療が困難となり,重症化ひいては生死に大きな影響を及ぼすことは確実です。さらに,将来的にこれが100円で留まる保証はなく,高額になればなるほど受診抑制は拡大します。また,軽医療費免責制の導入は,一方で先進医療への混合診療導入につながり,医療保険制度が形骸化し,命の沙汰も金次第,金持ちだけが先進医療を受けることのできる最悪の状況になると考えられます。
 このような,最悪の政策は,国民の健康と生命を守る医師の集団である医師会が先頭を切って断固阻止しなければなりません。日医も反対の姿勢を明言し,国民医療推進協議会でも反対の決議を採択していますし,国民運動を提唱しております。しかしながら,その活動については,それぞれ都道府県に任せるという姿勢に終始し,全国での大きなうねりを創ろうという姿勢が感じられません。近医連でも,今,行動を始めないと,遅きに失するおそれがあるとの認識があり,少しでも早く国民を巻き込んだ行動に出るべきとの認識で一致しています。そこで,府医では,10 月15 日に開催される「第185 回 府医定時代議員会」で,迅速な行動に取組めるようご了解を得て,緊急対応に取組みたいと考えており,会員各位のご理解をいただきたく存じます。
 すべての府医会員の総意で,「受診時定額負担」を断固阻止しようではありませんか‼

社会保障・税一体改革について【京都府医師会理事:松井道宣】

1.はじめに
 9月2日,民主党として3番目となる野田内閣が誕生した。2年前に歴史的政権交代を果たした民主党は,鳩山政権で「コンクリートから人へ」というスローガンを掲げ,公共事業から社会保障へと国の政策が方向転換されることが期待されたが,従来から指摘されていたそのための財源の確保をどうするのかという課題に対して,事業仕分けでは一定の評価を得たものの特別会計の見直しは不十分であり,明らかな解決策も示されないまま今日に至っている。結果的に裏付けのない施策をマニフェストに並べ立て政権についた民主党であるが,もはや国民の多くはマニフェストの実現には期待していない。東日本大震災以降に行われた世論調査では,民主党支持層でさえ87%が,マニフェストの見直しを求めている。野党自民党は,相変わらず解散総選挙を求めているが,国民を見損なってはいけない。少子高齢化,人口減少社会,さらに東日本大震災という未曽有の国難に直面するわが国で,はっきりとした理念も示せず,相手を中傷するしかできない政党に未来を託すことはできないのである。わが国の最大の不幸は,長きにわたる自民党一党支配が,政治家をしっかりとした理念を持って国を導こうという人から地位と名誉と利権を求める人へと貶めてしまったことであるのかもしれない。
 さて,現在わが国の直面する問題とは,少子高齢化と財政の悪化,そして競争力の低下に要約することができる。歴史上,国の成長には人口の増加が必須条件であり,人口が減ってなお持続的に経済成長を遂げた国は過去にない。わが国の出生率は1.39(2010 年)であり,2005 年に12,777 万人であった人口が,2055 年には8,993 万人になるという衝撃的な予測がなされている(国立社会保障・人口問題研究所:平成18 年推計)。また,高齢化はさらに深刻であり,現在3名弱の労働人口(20 歳~ 65 歳)で一人の高齢者(65 歳以上)を支えているが,2025 年になると1.3 名で一人を支える構造になる。財政の悪化については,一般会計でみると,2011 年度の当初予算の規模は92 兆円であるが,税収はわずか40 兆円しかない。つまり52 兆円の赤字である。最大支出項目である社会保障関係費は28 兆円,地方交付税交付金は16 兆円でこれだけでも税収を上回る。そして,その上に今までまさに無策に積み重ねてきた1,000 兆円に上るという債務がある。さらに,東日本大震災に対処するための補正予算が数次に渡り必要となった。財政健全化のための方策としてよく引き合いに出される2つのロジック,つまり「景気が良くなれば税収も増えるので,まず,景気対策を行うべきである」と「増税の前に政府や公務員のリストラ等やるべきことはいくらでもある」では,もはや解決できないレベルにあることは明らかである。
 今回の「社会保障・税一体改革成案」は7月1日に閣議報告がなされたものである。この成案が「閣議決定」ではなく,「閣議報告」であった理由は,辞めることが決まっている菅内閣の閣議決定に次の内閣が拘束されるのは困るという考えと政権交代時のマニフェストで消費増税はしないとしていた民主党内をまとめきれなかったものと考えられる。しかしながら,今回の成案が自民党・麻生政権時の社会保障国民会議の最終案と内容的に大きく変わらないことからも,わが国の直面している問題は非常に深刻な状態であり,誰が考えてもそれほどの選択肢がある状況にはすでにないということを示している。野田新首相は前財務大臣であり,新政権は消費増税を前提としている政権であるので,国民に必要な負担を求め,給付の効率化を進めつつ,財政の健全化を目指す方向は変わらないものと考えられる。

2.社会保障・税一体改革成案の概要について
 今回の改革案で示されているポイントは,①社会保障の重点化と効率化,②そのための財源の確保,③全員参加社会の実現のための年齢,性別にかかわらない就労の促進,④少子化対策,そして⑤財政再建である。これは,少子高齢化による需要の拡大とそれにともなう労働人口の減少による供給の減少とさらに雇用基盤の変化や出口の見えない経済不況の中で財源確保の問題を解決するための改革の方向を示したものであり,高齢社会と人口減少という未知のパラダイムに合わせて①実現可能な社会保障の仕組みを構築すること,②成長を生み出せる効率的な経済体質を創生すること,③財政を健全化すること−と読み換えることができる。国民の負担のあり方としては,消費税を社会保障財源としてその使途を明確化し,2010 年代半ばまでに段階的に10%まで引き上げるとされた。特筆すべきは,消費税の引き上げ分については,社会保障給付における国と地方の役割分担に応じ配分するとされたことである。この改革案を一読すると社会保障財源は医療も含めて,消費税で賄われるのかと思いがちであるが,実は,医療保障の主財源は社会保険料とされている。その根拠として日本福祉大教授・副学長の二木立氏1)は,「個別分野における具体的改革」を行う上での留意点の②として「負担と給付の関係が明確な社会保険(=共助・連帯)の枠組みの強化による機能強化を基本とする」と明記しており,「消費税を主たる財源とする社会保障安定財源の確保」の項では,「社会保障給付に要する公費負担の費用は,消費税収(国・地方)を主要な財源として確保する」と限定的に書いている。つまり,公費負担分以外の社会(医療)保障給付費は従来どおり保険料になると指摘している。また,改革の留意点の①として,「自助・共助・公助の最適バランスに留意し,個人の尊厳の保持,自立・自助を国民相互の共助・連帯の仕組みを通じて支援していくことを基本に…」としていることから,自立・自助を基本とした改革案であると考えられる。この改革案を正確に推し進めるための必須条件として社会保障・税にかかわる共通番号制度,いわゆる「マイナンバー」の早期導入が図られているが,番号制の導入については過去2度失敗しており,国民に対して十分な説明が必要である。
3.社会保障・税一体改革成案の評価
1)政策決定
 府医の安達秀樹副会長は,今回の成案が自民党政権時代の「社会保障国民会議の最終案」に酷似しているが,民主党は政権交代時にこの報告を無視し,議論を重ねるべき時間を浪費したのではないかと民主党政権に反省を求めたうえで,消費増税に関しては特別会計の見直しだけでは財源的にも到底足りないが,国民に不公平感の強い特別会計を開示し,その見直しを行い,社会保障強化の財源確保のために国民負担の増額への理解を得るという道筋が重要であると指摘している。さらに,4年間は消費税を上げないとした訳であるから,仮に国家財政の観点からこの期間に税率の引き上げが行われるときには,改めて国民に信を問わなければならないとしている(*2)。確かに政策を転換する場合,民意は最優先されなければならないが,選挙があるとするならば,次の選挙は本当の意味でわが国の将来を決める選挙になるため,国民に対する十分な情報提供と議論が尽くされた上でなければならない。そうでなければ,選挙はただの人気投票に終わり,さらなる時間の浪費になる。
2)中規模・高機能社会保障について
 これまで使われてきた「高負担・高福祉」「低負担・低福祉」という言葉に代わって,今回「中規模・高機能な社会保障」という言葉が使われた。国民が高福祉を求めるとき,それを実現しようとすれば,そのために必要な費用の負担は当然高くなる。ところで,わが国がおかれている状況は,世界のどの国も経験したことのない少子高齢社会である。つまり,医療・介護の分野で費用が膨れ上がる反面,労働人口が減少し,それにともなって社会保障を支える財源となる所得の減少が予測されている。つまり,現状において国民から期待される「福祉」を達成することは相当な困難なことであり,社会保障の改革の方向として,徹底的な節約と技術革新が必要であるということを意味する。二木立氏(*1)は「中規模・高機能な社会保障」について「小さな政府」と「大きな政府」の両方を否定し,社会保障に上限を設けたものであると指摘し,その上限の目安を「OECD 先進国の水準」としているが,それが「中規模」というものであろうか。「先進国の平均まで給付の水準を上げます。だから負担をお願いします」というレベルの話ではない。超高齢化と人口減少を迎える中で,①どういう社会保障を実現するのか,②そのための財源を少ない労働人口で効果的に生み出せる経済体質はどうすれば作り出せるのか,③社会保障のあり方と財源バランスを取りながら財政を健全化する。この3つがこれまでの政権にも与えられてきたテーマであるが,いずれの政権も答えを出せていない。この問題を解決するために必要な方向性を示す言葉が,「中規模・高機能な社会保障」であり,決して増税が問題を解決するということではないことを強調したい。
3)負担と給付について
 国税と地方税を合わせた租税負担の国民所得に対する比率である租税負担率と年金や医療保険などの社会保障負担の国民所得に対する比率である社会保障負担率との合計を国民負担率という。先進諸国では近年,国民負担率が低下する傾向にあるが,わが国では,平成15(2003)年度以来の増税基調と景気の回復を反映した増収より上昇している。わが国の平成19(2007)年度の国民負担率は40.6%であったが,先進諸国と比べてみると(図1),デンマークが71.7%,スウェーデンが64.3%,フランスが61.2%,ドイツが52.4%,イギリスが48.3%,アメリカが34.9%となっている。国民負担率でみると,日本は「小さな政府」と言える。一方で,社会保障給付費率(税や社会保障による公的支出対GDP 比)はOECD 諸国の中で21番目(35 ヶ国中)である(図2)。わが国は「中負担中福祉」というより「低負担まあまあ中福祉」くらいである。わが国の実情は,少ない財源で効率的に社会保障を提供しているという点で特徴的と言えるかもしれない。最近の世論調査では,財政再建や社会保障制度を維持するためには消費税率の引き上げもやむをえないと50%以上の人が考えているという結果も報告されている。
4.さて,これから目指すべき方向は?
 国民負担率が高いということは,「大きい政府」であるということ。国民負担率が高いと,国民の手元に残るお金は少なくなる。代わりに,医療や教育などの社会サービスを利用するときに自己負担が少なくて済む。一方,「小さい政府」は国民負担率が少ないということ。国民の手元にお金がたくさん残る代わりに,病気になった時や子どもが学校に行くときに自己負担が高くなる。どちらがいいかは,もちろん国民の判断であるが,一般に医療機関を利用する人は,社会的弱者(経済的弱者)であるといわれている。今後,高齢者が増加するわが国では,当然のことながら罹患率も増加し,医療を必要とする人が増える。国民負担率の低い社会で起こる現象は,医療などの社会保障サービスを受けるときに自己負担が増えるということになるので,経済的弱者は医療を受けられないということが起きる。現実にわが国の医療を受けた時の自己負担率が引き上げられ3割に達している。これ以上の自己負担増は,リスクの分散という保険制度本来の機能が果たせなくなることを意味する。だからどういう社会保障のあり方を選択するかが,本当に大切なのであるが,それは,諸外国に合わせるのではなく,文化的歴史的背景もふまえて,国民自身が選択するべきものである。社会保障のあり方を考えるとき,財源の問題は避けて通れないが,現在のわが国のおかれている状況はその財源となる税収の伸びる見込みについて極めて不確実と言わざるをえない。これ以上の財源はないことを前提に考えるべきである。だから現状における政府の責任は,まず財政の透明化である。国民にさらに負担増を求めるならば,徹底的な無駄の排除を行ったうえで,その使い道はすべて明確にされなければならない。そして,教育の見直し,雇用環境の再構築,少子化対策などを行い,人口減少に歯止めを掛け国民全員が参加できる社会を構築することである。国民は,自立に関する認識を明確に持ちつつ,さらに積極的に社会参加する必要がある。社会参加とは就労と相応の負担をして共助のシステムを構成することである。また,予防への取組みなど健康管理に努めることも求められるだろう。さて,そのような社会におけるわれわれ医療関係者の役割は①効率的・効果的医療の提供により,疾病に罹患しても早期に社会復帰できることに貢献すること,②医療・介護を通じて高齢者が安心して暮らせる社会作りをリードすること,③予防医学を通じて国民の自立・自助を支援すること−である。社会保障は与えられるものでなく,国民一人ひとりの参加によって構築されるものであるという意識改革が今求められている。
【参考文献】
 (*1) 二木立:「社会保障・税一体改革案」をどう読むか?:日本医事新報No.4551,2011.7.16
 (*2) 安達秀樹:「民主党社会保障政策の変遷」:Japan Medicine:2011.7.25
【図1】
国民負担率(対国民所得比)の国際比較(OECD加盟28カ国)
【図2】
社会保障給付費の国際比較(OECD諸国)(2007年)

新政権は,原点に戻って政治の信頼回復を【京都府医師会長:森 洋一】

 8月30 日に,新たな民主党代表に野田氏が選出され,第95 代首相に就任されました。9月2日に新政権が誕生したのは,既報のとおりです。基地問題とぶれる発言で鳩山首相が退陣し,菅首相は,東日本大震災の対応のまずさと,国民だけでなく閣僚へも十分な説明もなく方針変更が繰り返され,独善的な政治運営で党内外から不評を買い退陣となり,2年前の民主党政権誕生時の熱気は,大きくしぼんでしまったと思われました。どうしてこのようなことになったのか,十分な検討が必要ですが,新政権への支持率は,予想より高いと報道されています。このことは,少なくとも,「コンクリートから人へ」「生活第一」を期待して,2年前に政権交代を支持した国民の期待は,未だ潰えていないということのように思われます。
 自民党の支持率が伸び悩み,野田新首相への期待が強いことは,多くの国民が,いまだに永年続いた自公政権の「政治とカネ」の問題と官僚との癒着で動かされてきた我が国の政治形態に対して,不信感を抱いているということではないでしょか。マニフェストは守らなければならないと思いますが,想定していた方策では財源が捻出できなかったことは事実であり,民主党政権は,謙虚にその見通しの甘さを反省し,説明するとともに,東日本大震災の復興を口実に単純に増税路線に踏み切るのではなく,4年間で実施するとしてきた,いわゆる民主党の目玉政策に優先順位をつけ,実施計画と工程の見直しについて謙虚に国民に説明し,その理解を得る努力をなすべきであります。おそらく,大半の国民は,2年前のマニフェストを4年間ですべて実現できるものとは考えていなかったであろうし,今後いかなる政党であってもあのように総花的に,選挙受けをするような項目を並べ立てて,いたずらに国民に期待を抱かせるような手法は通用しないと考えるべきです。国民もあまりにも都合の良い話には,乗らないよう真剣に考えなければならないと思います。この20 年間,我が国の経済を回復させることができずにきた政治が,今後10 年で,大きく経済を回復させることができるとは考えられません。それが可能であれば,リーマンショックがあったとしても,すでに日本の経済は回復基調に入っていなければならないと思います。これだけの期間,偉い経済学者がいろいろ提案をしてきましたが,未だにどのような経済政策が正しいのか結論が出ていないことを現しています。経済成長も必要でしょうが,経済に見合った政治という考え方も必要な時代かもしれません。
 各種アンケート調査の結果でも,大半の国民は医療介護を中心とした社会保障の充実を求めています。国民が安心して生活し,健康で生き甲斐のある一生を終えるには,将来への安心がなければなりません。我々は,以前より,社会保障を充実させることは,雇用を拡大し,内需の拡大にも寄与すること,また,雇用を安定させ内需を拡大することで我が国の経済構造を変化させ,日本の社会のあり方を変える大きな起爆剤になるのではないか,というよりは,社会保障を充実させ,社会状況,経済状況を一定程度安定させることが,安心して我が国の経済状況や新たな産業構造の変革に着手するためには必要ではないかとしてきました。
 東日本大震災を契機に,国民の生き方,考え方も大きく変わろうとしています。被災地の復興を日本そのものが生まれ変わる第一歩とすべく,政治も社会も大きな一歩を踏み出さなくてはならないと思います。残念ながら,震災復興の予算措置などは国会を通過しましたが,貴重な財源をもとにした復興計画は遅々として進んでいないと言わざるをえません。新政権は,党内融和に腐心されたバランスの良い政権となりそうですが,ミッドフィルダー中心でパスワークが上手いだけのかつての日本代表のような無難なサッカーでは,この苦境を乗り切ることは困難です。また,「素人みたいなものです」との発言が2,3の閣僚から出ていますが,日本の将来を担っていこうという人たちが,謙虚と言えば謙虚でしょうが,このような発言をすることは,国内外に政権の見識が問われかねません。政権に就く,閣僚となって国を動かす責任の重さをもっと強く認識し,国民の政治への信頼を確保しなければ,我が国に将来はないといえるでしょう。
 2年前の政権交代以前から,この日が来ると何故もっと与党としての政治力の強化,経済や社会保障政策への勉強をしてこなかったのでしょうか。政治家にとっての,政治への責任は重いとすべての国会議員が言われます。多くの有権者の支持を得て当選されていますが,その一票の重さとともに,対立候補へ投票された一票も政治家としては重く受け止めなければなりません。我々医療従事者が,国民としてその社会保障のあるべき姿を,医療制度のあるべき姿を国民に提示していくことが今ほど大切なときはないと思います。国民の健康と生命を守る医師が,医師会が一丸となって国民の信頼を背景に社会保障のあるべき姿を政治に訴えていく。現在の与野党は,多少の意見の相違はあるとはいえ,社会保障の充実を無視しては政権を獲得したり維持することは困難な社会状況です。しかしながら,国会,地方議会を含めて医療,介護のあり方を理解している方は少ないというのが現状です。我々が声を上げていくことが,政治の医療への理解を強化しますし,国民の安心,健康と生命を守る政治こそが,これからの社会のあり方,国家のあり方につながると思います。そして,政治が国民のために何をなすべきかということを真剣に考え,与野党を問わず,政治家の国家観,創りあげたい社会のあるべき姿を真摯に議論し,提示していくことが,政治の信頼回復につながるのだと思います。政治主導というのは,官僚との対峙だけではなく,国民のために何をなすべきか,政権の方針を明示して,そこに,官僚機構を上げて協力させることこそ真の政治主導ではないかと思います。
 民主党政権の原点に戻って,説明責任を果たし,議論をオープンにして政治を行う。かつての権力闘争に明け暮れる政治ではない,新しい時代の政治の幕開けとなることを期待したいと思います。

医療崩壊につながるTPP は容認できない【京都府医師会長:森 洋一】

 TPP についての議論がかまびすしい。TPP とはどういうものなのでしょうか。それ以外に,FTA,EPA という言葉も耳にします。
 FTA(自由貿易協定)は,2カ国以上の国や地域が相互に関税や輸入割当など,その他の貿易制限的な措置を撤廃あるいは削減することを決めた協定です。無税で輸出入ができるようになり,消費者にとってはメリットがあります。1980 年代末までは,世界でも16 件のFTAしかありませんでしたが,2000 年代から2009 年代までに105 件増加し,現在,世界には170近くのFTA が存在します。日本では,2001 年1月のシンガポールとのEPA 交渉の開始からFTA の歴史が幕を開けました。
 EPA(経済連携協定)は,関税やサービス貿易の自由化に加え,投資,政府調達,知的財産権,人の移動,ビジネス環境整備など幅広い分野をカバーし,相手国と「連携」して貿易や投資を拡大します。FTA をさらに進めたものと考えて良いと思います。日本は,2002 年11 月にシンガポールと初めてのEPA を締結しました。その後,マレーシア,チリなど,次々に発効し,2008 年12 月にはASEAN 全体との間でAJCEP(ASEAN・日本包括的経済連携協定)が発効しました。現在も,オーストラリア,インド等ともEPA 交渉を行い,過日,インドとのEPAが締結されました。
 これらを一歩進めた,環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)についての議論がここ数年進められています。これは,シンガポール,ニュージーランド,チリが2002 年に交渉開始したのが始まりで,2006 年にブルネイを加えた4カ国で発効。同年,ブッシュ政権下で米国がAPECワイドのFTA 構想(FTAAP)を提唱しました。
 日本も菅首相が,唐突に今年6月を目途に,TPP への参加を検討すると表明しました。3月11 日の東日本大震災の発生で,現在は議論が止まっていますが,東日本大震災の復興が一定の軌道に乗った段階で再燃してくることは間違いありません。TPP 交渉には,各国の外交問題や政治状況,経済状況が大きく関与していることを認識しておかなければなりません。米国では,ブッシュ政権からオバマ政権へと政権交代しましたが,リーマンショックによる米国の失業率の悪化と経済の低迷の解決がオバマ政権維持のために欠かすことのできない喫緊の課題ですが,中でも最大の問題は,米国の貿易・投資自由化政策の推進です。
 貿易・投資の自由化は,第二次世界大戦後の世界経済を牽引する米国の最大の課題でした。世界が参加してきたWTO 交渉,特にドーハラウンドの行き詰まりとその後の交渉の停滞以降,米国は自らの立場をさらに強固なものとするために,米国経済界が望む金融サービス,投資の自由化の促進を世界に強く求めてきました。
 最近とみに経済力をつけてきたAPEC では,1994 年にインドネシアで「先進国は遅くとも2010 年までに,また,途上国は遅くとも2020 年までに自由で開かれた貿易および投資という目標を達成する」とするボゴール宣言を行いましたが,その実現は困難となっています。当初は二国間から始まった,関税,障壁の撤廃による貿易の活性化でしたが,多数の国が「排他的な二国間協定」を結び,米国が関知しない協定の方がはるかに多くなり,米国が主導権をとれない状況となっています。そのために,米国(ブッシュ政権)は2008 年2月にTPP(P-4)に参加する方針に変更しました。2009 年,オバマ政権が,APEC サミットにあわせTPP への交渉参加方針を表明。2010 年3月に政府間交渉を開始し,シンガポール,ニュージーランド,ブルネイ,チリ,米国,オーストラリア,ペルー,ベトナム,マレーシアの9カ国で,現在24の分野で作業部会を設置して協議を進めています。また,現在のTPP は,環太平洋諸国が一致して中国に対抗しようという外交戦略とも絡んできている面もあります。日本では,輸出産業と農業の問題が取り上げられていますが,大きな外交政策を含んでいることを念頭に置いて議論を進めなければならないと思います。対中国戦略という観点からも,米国は日本の参加を強く求めていると思われます。
 「平成の開国」として菅政権は,TPP 参加を提唱しましたが,少なくとも,多くの国とFTA,EPA を締結している我が国が,TPP に参加しないと「鎖国」状態となるという発想が歪であると言わざるをえません。また,外交政策も大いに関与するために,我が国の外交方針の明示も欠かすことができません。その上で,すでに議論があるように,TPP 参加で,有利な面,どの分野が利益をどの程度上げるのか,そして,農業分野での反対論が強いが,農業のダメージはどの程度あるのか,それを補う方策はあるのか。農業以外の分野においても,もっと具体的な数字を国民に示し,その意義を問うべきであります。
 ここで,少しだけ,農業について述べます。某元大臣が,日本の農業の生み出す所得はGDPの1.5%であり,95%を超える輸出産業のメリットに比較するとTPP に加入しないことによる損失が大きいとの発言がありました。これについては,我が国の主要マスコミは取り上げていませんが,全く現状を理解していない発言と広く認識されていることを知るべきです。
 まず,GDP における農業所得の比率が高い国は,中国11.3%,インド17.1%,ブラジル5.7%等で,いずれも,国の経済が農業から工業へとシフトしてきており,日本もいつか通った道であります。先進国では,仏が1.8%で一番高く,日本は1.5%で二番目,以下,米国,独,英国が1%前後で続いていますが,農業の比率が低下するのは先進国の経済活動の結果です。また,OECD の1997 年の報告書では,2020 年には,農産物の総輸入量は,日本:1750 億ドル,中国:1700 億ドル,EU:1550 億ドル になると予測されています。この4000 億ドルを超える農産物の供給が行えるのは,米国:2750 億ドル,オセアニア:1100 億ドルなどとされています。米国の農産物はGDP の1.1%を占めるのみですが,世界の胃袋を支配するということも十分認識しておかなければなりませんし,食糧自給率を高め,自国の安全保障の戦略的な産業として将来どうするのかという議論が必要です。
 農業分野一つとってもこのような状況にあります。日本として対応できるのはどの分野であるのか,資本や人が自由に行き来できるようになると医療分野においても,株式会社参入や外国人医療従事者の問題,混合診療が大きな問題となります。国の施策として対応するのかしないのか。「医療崩壊につながるような対応はしない」という程度の表現ではなく,「医療における人的,資本的な自由交易は認めない」という明瞭な意思表示を政府が行うことが大切です。少なくとも,TPP の参加交渉国の間で,米国は,農業,医療の最輸出国であり,現在の米国の経済低迷を打開する方策として,EU 諸国は,米国の主導ではコントロールできませんが,環太平洋諸国では,中国を除外したTPP の締結は今後の米国の経済政策には最重点課題であることは明白であります。米国財界ロビーからもサービス分野の自由化,知的財産権の実効的な保護,投資の自由化と投資家保護などを強く主張しており,TPP に参加すると,資本や労働力の自由化の促進は避けて通ることのできない道となり,結果として米国の巨大な資本がアジア太平洋地域を席捲し,米国製品,米国資本の輸出が加速されることになります。TPP の成功は,米国のサービス産業に大きな市場を提供することになり,医療における,資源,人材,サービスの流入は避けて通れず,日本にとっては,医療,介護の分野のみならず,投資,金融部門での危機的状況が予測されます。
 府医としては,現状のTPP への参加は,株式会社の医療への参入,特に外国資本の参入による病院経営や人的な交流による外国人医師,看護師の限度なき国際化が進められることになるために,政府の,「混合診療は許容しない,株式会社の医療機関経営を認容しない」とする明確な方針が明示されない以上,崩壊寸前の我が国の医療に多くの悪影響を及ぼすTPP への参加については,絶対に容認できないという立場を貫くべきであると考えます。